2005-06-27 13:34:06

'Ich bin ein Berliner.' [ こう考える ]

1963年の昨日、6月26日は、故ケネディ米大統領が「私はベルリン市民だ」という有名なセリフを残した、ベルリンでの演説を行った日だったそう。

ベルリンは、私が世界で一番好きな街。初めて訪れたのは、まだ壁のあった88年、西ドイツから鉄道でベルリンに向かったので、東ドイツに入ってらは一切駅で乗降することもなく、周囲に広がる緑の風景を漫然と眺めていた。丘の上には、列車を見ている東ドイツの親子が立っていた。

東ドイツ内にぽっかりと残った西ベルリンは、閉じられた空間の中で、閉塞感とそれを破ろうとするエネルギーがない交ぜになったような、形容しがたい異様な雰囲気があった。

壁を越えて東ベルリンへ行った際、検問所で鞄に入っていたキャラメルの箱の中までじっくりと見られた。そのキャラメルを「食べます?」と差し出しても、検問所の兵士は無表情で無言だった。東ベルリンの街は異様な静けさで、ウンター・デン・リンデン(かつてのベルリンの中心街)の商店の棚に何もなくて、商品が見られたのは、おでこのしみが消されたゴルバチョフを表紙にした本が並べられた書店くらいだった。町全体があまりにも重苦しい雰囲気でいっぱいだった。

チェックポイント・チャーリーにある壁博物館では、壁の建設とその後の壁にまつわる話−様々な脱出方法を再現したもの、命を落とした人々等−が展示されていた。

市内を走る地下鉄は、東側に入ると駅が暗く、乗り降りできる駅が規制されていた。

夜、同じユースホステルにいた日本人の男の子に「壁を見に行こう」と誘われて出かけた。壁は西側と、その間に数メートルほどの空間を置いて東側とに二列にわたって続いており、監視塔や、東側の壁沿いに兵士が立っているのが見えた。東側にある建物の、西を向いた窓は全て塗りつぶされていた。西側の壁のこちらには、そんな風景を上って見物できる台が設置されていた。ここは東西冷戦の衝突の最先端の場所。東側からその壁を越えようとして、大勢の人が亡くなっているのに、壁ひとつ隔てただけで、かって同じ街だったのに全く雰囲気が異なる東ベルリンを見てきたのに、壁博物館で悲惨な現実を見たのに、その見物台を見て、そこから壁の様子を眺めて、緊張感は感じたけど、歴史の厳しい事実が茶番劇に見えなくもなかった。

私が訪れてから1年半後、壁は崩れ、その翌年、ドイツは統一された。
東西冷戦って、なんだったんだ。

その後もベルリンを4度訪れている。その都度、街の変化に驚く。ウンター・デン・リンデンは華やかな街並みになり、やはりかつての中心地で、東西冷戦中は放置されてしまったかのようだったポツダム広場は再開発が進み、高層ビルが立ち並び、シネコンやたくさんのお店が入ったショッピングセンターになっている。最初に訪れた時の感覚で、動物園駅の近くに宿を取って西側を中心に行動していたけど、段々と東側を中心に行動するようになった。今度行くときは、宿も東側に取るだろう。
壁崩壊後訪れた際、同行者に88年の訪問時の様子を伝えようといくら説明しても伝わらなかった。「貴女の思い入れはわかるけど、今のベルリンにはそれを感じない」。そうだろうな。私自身、あの88年の時の、不思議な雰囲気のする中で、怖いような、でも他のどこでも感じなかった緊張感とスリルとエネルギーを、今のベルリンに感じることはもうない。

でも、私たちの目には見え難いけど、ベルリンにはまだ東西に分かれていたときの歪みが残っている。東側と西側の経済格差、人々の意識の差などに。映画「グッバイ、レーニン!」は、東ベルリンの人々の統一にまつわる悲喜劇を描いているけど、西側だった人々にも悲喜劇はある。帰国する機中で、隣席の紳士がベルリンの方だったので、この映画のことで大いに盛り上がった。彼はベルリンの人々が今感じている自分たちの中の「壁」についても語ってくれた。

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一夜にして価値観が変わってしまう。政治体制って、主義、思想ってなんなんだ。

ケネディのいう「ベルリン市民」は、「西側」、西ベルリン市民に向けられたものなのだろう。
  All free men, wherever they may live, are citizens of Berlin, and therefore, as a free man, I take pride in the words, 'Ich bin ein Berliner'(President John F Kennedy)(全ての自由な人々は、どこに住んでいようとベルリン市民である、だから、自由な人間として、私は誇りをもって言おう「私はベルリン市民だ」と。)

freedom−現政権がイラクについて多用している言葉ではないですか。米政権ってずっと変わらずこういい続けてるんだ。

[参考] On this day-1963:Kennedy:'Ich bin ein Berliner'(BBCサイト On this day)
President Hailed By Over A Million In Visit To Berlin(New York Times On this day)

Posted by M at 2005-06-27 13:34:06 | コメント(0) | Trackback(0)