2005-05-28 22:56:34
矢を花に変える−『禅的生活のすすめ』 [ 読書 ]
海外で生活をはじめて、日本食はさほど渇望しないが、日本語の活字にはとても飢えることを知った。最初に住んだ大学の寮が新築で部屋からネットが接続できたので(今は当たり前だが当時としては画期的)、直ぐに手続きをして毎日日本語の新聞を読んた。それだけでも活字の飢えが満たされたが、やがて日本の本を読みたくなり、貧乏留学生は書評ページ巡りをするようになり、オンライン書店からのMLを購読するようになった。これは現在も変わらない。
![]() | 禅的生活のすすめ―あなたに平和が訪れる ティク・ナット・ハン Amazonで詳しく見る by G-Tools |
上記は先日送られてきたあるMLで紹介されていた、ベトナム戦争の解決に深く関わった禅僧による本。あるサイトで紹介されていた「矢を花に変える」という一節にとても感銘を受けた。仏陀が悟りを開く前に魔羅(マーラ)という悪魔から攻撃され矢を撃たれるが、矢は仏陀の傍までくると花に変わったという話を元に、普段の生活の中で自分に向けられた暴力的な行動や言葉を花に変えられると説いている。
とても難しいことだけど、とても大切なことだと思う。武力行使を伴った戦争でも、何気ない日常での諍いでも、自分を攻撃する相手を憎みがちなもの。この本は自分がどんな逆境にあっても、相手に哀れみをかけられることは可能だと説く。実際その通りだと思うし、日頃からそうした心がまえを持ち、実践していきたいと思う。
思い出したことがある。まだ小2の時のこと、多少目立つ子供だったので、一学年上の女の子たちに睨まれていた。今のようないじめとは違って「あの子生意気」という陰口程度のものだったがそれなりに悩んだ。その時私がしたことは、道であったら彼女たちに「おはよう」と挨拶をし、相手が困っていたときに普通に手を差し伸べることだった(小学生なので、掃除を手伝うといった程度のものだったが)。すると、やがて彼女たちから「一緒に遊ぼう」と輪に誘われるようになったのである。
私、幼い時に、矢を花に変える実践してたんだ。
子供の時ににできてたんだから今できないはずはない。
この2週間、自分のやりたいことがダメになりそうなことが次から次へと襲ってきた。そうしたきっかけを作った言葉をはいた人を恨み、自分の周囲にもあたるような行動を取ってしまった。時間が経って、冷静になり、今の環境の中で精一杯やるしかないんだとあらためて思った時、周囲に暖かい気持ちで、笑顔で話せるようになり、暖かい言葉が返ってくるようになった。冷たい関係になってしまった人々とも、あらためて言葉を交わせるようになった。
この本を取り寄せて読んでみようと思う。









